ファストファッションの興隆で大量生産・大量廃棄が問題となり、その生産工程での水質汚染やエネルギー消費など、数々の問題を抱えたまま突き進むアパレル業界。この在り方に疑問を抱き、真逆の道を進んだことで、多数の大手企業から協力依頼が舞い込む事業が沖縄に存在する。しかもこの物語の主役素材は沖縄の基幹農作物、サトウキビの搾りカス(バガス)だ。
「沖縄の宝」を使った挑戦
新たな布地の誕生
取材に訪れたのは、レトロなコンクリート造りの平屋が並ぶ港川外人住宅街の一角にあるショップ「SHIMA DENIM WORKS」。店内には沖縄県の優良県産品に認定されたジーンズやかりゆしをはじめ、バガスをアップサイクルして生まれたさまざまな商品が並んでいる。代表の山本直人さんは東京で17年勤めた広告代理店を退社後、地域創生コンサルティングの会社を立ち上げ、沖縄でバガスのアップサイクルプロジェクト「SHIMA DENIM」を立ち上げた人物だ。
「会社員時代は、観光系事業者のバックアップや地域活性を専門とする部署にいて、沖縄エリアを担当していました。観光促進という観点から長年沖縄と関わり、経済発展していくこの地を見てきましたが、発展の影に置き去りにされていくものや、失われていく風景もまた見てきて。この在り方は、果たして本当に沖縄の未来にとって良いことなのか?という気持ちが悶々と僕の中にあって。観光地として宣伝してそこで終わりではなく、もっとその先、沖縄はもちろん、地方の新しい価値の『創生』に取り組みたいと思ったんです」と当時の想いを語る。
SHIMA DENIMプロジェクトの原点は、広告マン時代、知人の紹介でサトウキビの製糖工場を訪れたとき目にした光景だ。
「工場の入り口に『サトウキビは沖縄の宝』と書かれていました。そのかたわらにはサトウキビの搾りカス(残渣)『バガス』が山積みになっていて。スタッフにたずねると、ボイラーの燃焼材料や肥料、飼料として一部は使うものの、そのほとんどは捨てられてしまうと。宝と言いつつもったいない、何かに使えるのでは?という思いを抱きました」
その後バガスについて調べ、多くの人の知己を得るうち、山本さんはバガスに「未利用資源」として大きな可能性を感じたという。というのも、私たちが普段着ている綿の衣服や何気なく使っている紙、それらの原材料は植物である綿花や木材だ。その主成分はセルロース(植物繊維)。このセルロースは、バガスにも大量に含まれているのだ。
そこで山本さんは、バガスを使い、製糸から紡績、染色や縫製まですべて日本国内で完結するジーンズの商品化を決意した。
「なぜデニムかというと、製品寿命の最長化という観点から経年変化を楽しめるデニムのジーンズが、アパレルで唯一サステナブルなものだと思ったんです。また、通常の服は原材料の収穫から商品として完成するまでに賃金の安い地域を巡って地球を約1.6周するといいます。その課程で二酸化炭素を排出している。こんな状況を変えたい、アパレルに新たな価値観を生み出したいと思いました」
デニム作りの最初の一歩として、布地を織るための糸を作らねばならない。山本さんは研究開発の手段として「国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)」のディープテック・スタートアップ支援事業に応募した。NEDOは研究開発型スタートアップ支援事業を行っている機関。見事審査を通過し、研究員契約を結んで助成金を獲得、バガスを使った糸作りに没頭した。様々な素材とバガスの配合割合を試行錯誤し、構想から1年半かかってバガスの糸を完成させた。
国内に息づく伝統の技と誇りを力に
糸作り、製品作りに奔走する過程で、山本さんは日本のものづくり技術の確かさと職人の情熱にも改めて心動かされたという。
「糸作りの初段階として、バガスで和紙を作るために製紙工場を当たったのですが、ほとんど門前払いされるなか、美濃和紙で有名な岐阜県美濃市の製紙工場だけが話を聞いてくれました。小ロットでは儲けが出ないにもかかわらず『面白い取り組みだね』と協力してもらえて」
スリット状に裂いたバガス和紙からの紡績、経糸として使うコットンの染色、そして織布までをになうのは、広島県福山市の3つの工場。福山市は日本のデニム生産量一位の地域であり、確かな技術で名高い。
「織布工場には、まだ糸の研究段階の時期に織ってほしいと頼みに行きました(笑)。糸が本当にできるかも分からないのに『わかった』と言ってくれたんです。すごいことですよね」
現在は紡績から織布までの全過程で、山本さんの熱意に応じた職人たちが、環境への負荷を最大限に減らした生産体制を敷いてくれているという。
こうして織り上げられたデニム生地は、再び沖縄に戻る。
「沖縄のバガスから生まれたデニムだから、最後は沖縄で形にしたかった」と語る山本さん。思いの詰まったデニムをジーンズに縫い上げるのは、旧型ミシン8台を使い分け、たった一人でジーンズを縫い上げる沖縄唯一のデニム職人だ。前職で知り合い、こちらもまだ糸も完成していない時期から何度もコザの工房まで通い詰め、夢と研究の進捗を語り、とうとう口説き落とした。
「バガスデニムはエシカルなだけでなく、実際の性能も優れているんです」と胸を張る山本さん。「布地の重量は綿デニムの半分ほど。さらりとした着心地で速乾性があり、高い消臭性と抗菌性を併せ持っていることが数値測定でも実証できています」
沖縄で育った農作物の残渣が、沖縄の高温多湿な気候にぴったりな素材に生まれ変わるというのは何とも嬉しい話。2019年には、国内や海外の一部で特許も取得している。
共感が事業を後押し
スタートアッププログラムからの躍進
環境負荷を低減し、機能性にも優れたバガスジーンズは、こうして多くの職人の協力の下に実現した。だが、彼らとかかわるうち、すばらしい技術力がありながら大企業の下請けという立ち位置に甘んじ、賃上げもままならない生産ラインの構造上の問題にも気づき、大いに憤りも感じたという山本さん。
「だったら僕らの取り組みは、そんな状況の改善にも繋がれるな、と思いました。だから工賃は向こうの言い値で払います。そのぶん商品は高くなってしまうけれど、この取り組みを良いと思う人に買ってもらえればいいと思っています」
社会的な意義はさることながら、SHIMA DENIM WORKSブランドの知名度は広く根付き始めている。店内を見渡すと、大人気アニメキャラクターとのコラボ文房具をはじめ、オリオンビールやファストフードのA&Wとのコラボ品など、数々の大企業と提携した商品やポスターが目に入る。さすが元広告マンの営業手腕、と思いきや、2018年に店を構えて以来、SHIMA DENIM WORKSとしての広告は一切打ったことが無いという。
「ジーンズを売って儲けたいわけじゃなく、取り組みに共感してもらいたかったから」というのがその理由だが、茶殻やビールのモルトとホップ、トマトの葉、チョコレートのカカオなど、食料品を作る上で出た残渣を活用したいという大手企業や地方行政からの打診はあとを絶たない。
ブレイクのきっかけを山本さんに問うと、2020年に参加した「OKINAWA Startup Program」で採択され、沖縄の航空会社であるJTAから声がかかったことを挙げてくれた。
「このプログラムでJTAさんに評価され、機内販売用にバガスの入った金平糖や、座席のヘッドカバーをアップサイクルしたかりゆしを作らせてもらいました。この取り組みを多くの企業さんが見てくださり、おかげさまで沢山のお声がけいただくようになりました」
経済活動をする上でSDGsへの配慮が当たり前となった現代、SHIMA DENIMのB to B展開はさらに広がりを見せそうだ。
沖縄のIT企業とタッグ
IoTで地球に優しいシェアリングサービス展開
廃棄物を生まない循環型のものづくりを目指す山本さんは、次なる一手としてバガスを使ったかりゆしのシェアリングサービス「Bagasse UPCYCLE」も展開している。沖縄県内の老舗IT企業・株式会社okicomとのジョイントベンチャーで立ち上げた事業だ。
「1~2回だけ着て、あとはしまい込んでしまうなら、服が無駄に作られることを防ぐためにレンタルにしませんか、というご提案です。そして多くの方に着ていただいて製品寿命を伸ばし、最後は炭化させて肥料としてサトウキビ畑へ還すという取り組みをしています」
面白いのは、これがただのレンタルかりゆしではなく、IoT化アイテムだということ。かりゆしに縫い付けられたタグに携帯をかざせば、レンタル管理はもちろん、紡績や織布された日時や工場の詳細など、そのかりゆしが完成するまでのヒストリーを全て見ることができる。前述の県内IT企業の技術がこれを可能にした。
「環境に良いと謳っている商品は世にたくさんありますが、トレーザビリティが明確でないものも多いですよね。この仕組みがあればそこをしっかり発信できますし、生産者さんたちとの繋がりを感じてもらえれば、服への愛情も増します。何より『コレおもしろいよ』と口コミに繋げてもらうこともできれば、たくさんの方に着ていただいて製品寿命も延びることになります」と山本さん。
沖縄発のアップサイクル
世界へ発信!
海外への展開を尋ねると、すでにいくつかのプロジェクトが進行していた。例えばタイ王国。紙からの糸作りを可能にしているのは日本国内の技術なので、現在はタイのバガスを日本に運び、できた製品をタイで販売することを想定しているが、最終的にはタイでも糸を作れるようにする構想なのだそう。ケニアの紅茶の残渣(廃棄茶葉)でアップサイクル製品を、という話も出ているそう。
「1gでも多くの未利用資源をアップサイクルさせてもらって、それもただアップサイクルするだけではなく循環型経済を構築する、というのが私たちのビジネスモデルです。この取り組みを通して、国内はもちろん世界中で新たな価値を見出していく。そうやって沖縄発のアップサイクルビジネスモデルを確立して世界に発信していきたいですね」と、さらなる展望を語ってくれた山本さん。
廃棄物を生まない循環型経済が当たり前とされる日を目指して、その挑戦は続く。
取材・文/楢林見奈子