海外旅行に行かれたことがある方なら、ふらりと現地の店に入り、気になる商品があったものの「言葉の壁」に阻まれて買わずに店を出た、という経験をされたことがあるかもしれない。今回ご紹介するスタートアップ企業、株式会社Paykeの古田さんは、それを「機会の損失」を捉え、ボーダレスなショッピング体験を後押しするアプリを世に出した人物。創業に至った、その思いや事業の今後について伺ってみよう。
商品の「良さ」を最大限伝える
ショッピングサポートアプリ
国土交通省の発表によると、2024年のインバウンド消費額は8兆円を超え、過去最高を記録した。外国人観光客の購買力が今後の日本にとって重要な「収入源」になってゆくのは確実。国も訪日客の消費額拡大を後押しするが「言語の壁」は少なからず購買決定に影を落とす。この壁を打ち破り、商品の魅力を伝えてくれるのが、訪日外国人向けショッピングサポートアプリ「Payke(ペイク)」だ。
このアプリで目当ての商品のバーコードをスキャンすると、設定した言語で商品情報が表示される。「それならカメラ機能で翻訳ができる他のアプリでもいいのでは?」という声が聞こえてきそうだが、全く違う。Paykeアプリは基本情報とともに同社のデータベースに保存されている「パッケージに載せきれない」魅力や特徴、クチコミ等の詳細までも表示し、購入意欲を後押ししてくれるのだ。

データベースに登録されている商品は、全国の菓子やコスメ、薬、日用品から健康食品まで国内最大級の約68万点(2025年1月現在)。現在は7ヶ国語での利用が可能で、今後はスペイン語やフィリピンのタガログ語、インドネシア語などにも対応していく計画だそう。
もちろん商品説明以外にも、人気商品ランキングや、ショップで使えるクーポンの発行など、購買意欲を誘う便利な仕掛けが充実している。その他にもeSIMの販売や送迎、買い物代行等といった便利なサービスも表示され「ショッピング・サポート」を超えた「インバウンド対策プラットフォーム」へと進化しつつある。

このアプリさえあれば、外国人購入者は言語の壁を超えて商品の情報を収集でき、対応側の店員の手間も省け、商品販売元の企業は今まで伝えられなかった商品の魅力をアピールすることができる。
また、Paykeアプリの価値はそれだけではない。外国人消費者の国籍、性別、年齢、そして「いつ」「どこで」「どの商品を手に取っているか」等、インバウンドに関わる業界にとって有益な情報を集約し、可視化できるデータベースでもあるわけだ。同社ではこうしたトレンドデータの提供をはじめ、情報を基に観光業界や輸出企業など、さまざまな業界・企業へのコンサルディング事業も展開している。
余談だが、ユーザーには告知していないものの、地震等の災害時にポップアップやDMを使い、多言語で避難情報等を流す取り組みも行っているのだそう。
「裏側の管理画面だと、ユーザーが今どこにいるかっていうのは、マップ上に全部見えるわけです。そうすると僕らも心配になるし。何もしないではいられないので、できることはやって。お金にはならないけど、ユーザーには安心して日本旅行を楽しんで欲しいという思いがあるので」と古田さん。
学生時代に同社を創業
フットワークの軽さと発想力がチカラ
同社の創業は2014年。代表の古田さんが琉球大学在学中、同級生らとともに起こしたスタートアップだ。古田さんは著名な経済誌にも度々取り上げられ、起業家万博総務大臣賞を受賞したこともある人物。スーツ姿の「青年実業家」なお写真を事前にネットで拝見していたので、ニコニコと出迎えてくれたラフなトレーナー姿の青年がご本人だと気づくには、しばし時間がかかった。
高校中退後に日本各地を放浪、東京から離れようと沖縄に移住、琉球大学に進学したという古田さん。入学後すぐの時期に貿易業を立ち上げ、県内の貿易商社と協業までしていたというから驚く。しかも、会社を立ち上げた理由が「移住してきた当時、沖縄の時給がまだ653円で。僕は結構それに衝撃を受けて(笑)。『これは、自分で何か商売を作った方がバイトより割がいいだろう』と思ったことがきっかけでした」と、普通の学生の発想ではない。

翌年、2年生の時に株式会社Paykeを立ち上げるわけだが、バーコードを活用することを思いついたのは、この貿易業の経験があったからだという。
「言語が通じない国同士でどうやって商品を管理するか、商品の一致をどう取るかっていうと、バーコードなんですね。世界中の貿易システムが、バーコードを使って回っている。それってつまり『世界統一規格』で『世界共通言語』なわけです。B to B、業界でしか使われてこなかったけど、これを僕らみたいな一般人が使えるようにすれば便利になるんじゃないかって」
ちょうどスマートフォンが一気に普及していったタイミングとも合致し、社会的なハードインフラが追いついていたことも大きかったという。ではなぜ、「ショッピングサポート事業」を選んだのか?
「僕は「モノ」が好きなんです。例えば、同じような商品でも、いろんな違いがあるじゃないですか?中にはそういうのを気にしない人がいるのも分かるんですけど、やっぱり何にでも『作り手』がいるわけで、その作り手のこだわりが、絶対何にでも入っているはずなんですね」
その思いを強めたきっかけにも、貿易業時代の体験があったという。
「沖縄中のいろんなメーカーさんを回っていて。代表の方が自社の商品について『作るときにココが大変で、今まで世の中になかったんだけど、こういう技術でそれができるようになって、だからこの商品が生まれたんだ』って話てくれるわけです。『そこをもっとPRすればいいのに!』っていうことが、メーカーの中にはいっぱい埋まってるんですよ。それが消費者に届けばいいのになっていう気持ちは、ずっとありますね」とインタビュー中、一番熱い口調で語った古田さんは、口コミを含め「モノを買いたくなるコンテンツ」をしっかり届けることでメーカーや観光地を元気にしたいのだという。
アイデアと機動力を武器に
突き進んだ事業創生期
ところで筆者がぜひ聞いてみたかったのが、企業側と消費者側、双方に相当な「数」が必要なアプリの、ローンチ前後の施策だ。どのように双方にアプローチしたのか?
「まず沖縄県内をターゲットにして始めたので、那覇空港のお土産屋さんに置いてある商品を1個ずつ、パッケージを見て、写真を撮って、どこの会社が作っているのか、種類はどれくらいかを全部調べて」
結果は、主要どころは百数十社と判明。そこからメーカーを一社ずつ、片っ端からプレゼンして回ったという。まだサービスは影も形もなく、企画書だけの状態だったが「反応は悪くなかった」そう。
外国人観光客側へのアプローチの方はというと「宣伝にお金もかけられないので大量にビラを刷って、台湾の現地空港の、沖縄行きの便の前でひたすらチラシ配りとか。『3000枚配るまで帰らないぞ!』みたいな感じでやってました」と、草の根運動を繰り広げた当時を語る。たまたまチラシを手渡した相手が現地のニュースキャスターで、TVニュースで取り上げてもらったという幸運な出来事もあったという。

サービスコンセプトを動画にまとめて、那覇空港でiPadを外国人に見せながら『これを使ってみたいか?』と質問して回ったことも。評判は上々で、そのアンケート結果を手に「こんなにニーズあるから協力して!」と、また企業巡りへ。
「何度も空港の警備員につまみ出されました(笑)」と笑う古田さんに「大変だけど楽しそうですね」と感想を伝えると「そうですね、スタートアップ的にもこの時期が一番楽しいと思いますね」と懐かしそうな目に。当時は資金もない貧乏生活。食べるものにさえ困りながらも「でも夢はある!」という日々だったそう。
走り続けるスタートアップ
代表のプレッシャーと葛藤
現在スタートアップとしてミドル・ステージに位置する同社。「インバウンド向けアプリのダウンロード数としては今Paykeが1、2位なので、コラボや業務提携のいろんなお話がいただけるようになっています」と古田さんも語る通り、多様な業界からかなりの注目を集めている。全て順調に見えるが「苦しいとか、もうダメだ!とか思ったことはありますか?」という質問に「常に思っております(笑)」という答えが返ってきた。
「スタートアップでよく言われるのが、『人・物・金・全てなし』みたいな。当然人材も足りないし、お金も足りないという状態でやっていかないといけないので、苦労もするし、頭を悩ませることもあります。やりたいことの理想と現実のギャップが常に付きまとう、その葛藤がありますね」

コロナ禍の苦労も、もちろん大変なものだったという。何しろ、アプリの対象ユーザーはインバウンド客。それが一切来ないとなれば、売上もなくなり、企業との契約もなくなり「全部が無になるという感覚」を味わった。
「ただ、孫正義さんやイーロン・マスクでもこの状況をなんとかするのは『無理だ』って言うと思ったので(笑)、そこは気持ちを割り切って」
従業員の削減やオフィスの解約など辛い『敗戦処理』をこなしつつ、これまで蓄積したデータの販売やコンサルティング事業、受託開発など、残ったメンバーでできることをやり、耐え忍んだのだそう。
コロナ禍は明け、観光客数が一気に上昇、ユーザー数も毎月10万人以上増えているという現在。さすがに「もう全て順調ですね?」という問いかけに、古田さんは苦笑しながら首を振る。
「やらなきゃいけないことが山積みで、日々それに苛まれながら頑張っているっていう。ユーザーさんが毎月これだけ増えてサービスが大きくなると、必要になるお金も増えるので、それに耐えられるだけのキャッシュフローを作っていかないといけない。その辺りはユーザーが増えて嬉しい反面、気が引き締まる思いではあります」と、走り続けるスタートアップ企業のトップに安息はないようだ。
最終目標は「全世界」
大きな一歩を踏み出した業務提携
現在日本国内でのサービスに限定されているPaykeだが、2025年1月には韓国のグローバルマッチング企業との業務提携を発表。韓国および中国を中心とした東・東南アジア圏への進出に向け、躍進を続けている。最終目標は、全世界。何年後ですか?と聞くと「4年後」と古田さんはニヤリ。
「僕は、世界中で言葉が読めないことによる『買い物が楽しくない』を無くしたいと思っていて。日本は当然、世界にも良い商品、面白い商品、その人にハマる商品ってたくさんあるはずで。でも、商品って自分で自己紹介はしてくれないわけですよね。僕は、そこにすごい機会損失が眠っていると思っているので」と、「モノが大好き・モノづくりへの想いが大好き」な事業家は、現在グローバルなEコマースの構築にも燃えている。

沖縄から全国へ、そして世界へ羽ばたきつつある同社だが「沖縄で起業して良かったこと」を伺ってみた。
「やっぱり人材採用するためには、当然会社としての知名度っていうのが必要ですけど、数多ある東京のスタートアップで知名度を獲得するってなかなか大変じゃないですか。でも沖縄だと比較的難しくないので「あの会社で働いてみようかな?」って思ってもらいやすいのは良かったですね」
現在同社の人材は、県内出身者が多いそうで「沖縄の選りすぐりが集まっております(笑)。自社でオリジナルプロダクトを作っていて、かつ数百万単位でユーザーがいる会社はなかなか沖縄に無いと思うので、興味のあるメンバー募集中です!」とのこと。
今後の更なる飛躍が楽しみな同社。良い商品、その裏側に隠れたものづくりへの思いを、全世界の消費者に届けて欲しい。
取材・文/楢林見奈子