沖縄県内で起業するスタートアップ創業者には、他県出身者や外国人も多数見受けられる。今回インタビューさせていただいた王さんも、日本生まれながら国籍は海外の方。沖縄の海の色をした青い花「バタフライピー」に導かれてこの地と縁を結び、経験によって培った行動力と洞察力を武器に、沖縄の農業や観光の大きな課題に挑む。ビジョンは県内に留まらず「人と地球を健康にする」ことを掲げる注目のベンチャー起業、その今と今後の展望について、王さんご自身に伺った。
「お茶」だけじゃない!
稀有な可能性を秘めたバラフライピー
インタビューに伺ったのは那覇市にある「なは産業支援センター」。産業支援やビジネス活動の促進を目的とした施設で、地域の新進企業が多数入居している。「株式会社バタフライピー研究所」は、こちらの5階の一室に事務所を構える。扉をノックすると、バタフライピー色のウェルネス・ブルーのカジュアルスーツを着こなした長身の王さんが、微笑みとともに出迎えてくれた。
「バタフライピー」の名は既にご存じの方も多いと思うが、別名は「チョウマメ」。青い花を咲かせる豆科の植物だ。その花から抽出する鮮やかなブルーのハーブティーは、レモンやシークワーサーの果汁をひと垂らしすると紫色に変化する。珍しさと美しさから近年人気を集め、沖縄土産の定番商品としての地位を確立している。

ただ、実はこのバタフライピー、「見た目も良いお茶」という「だけ」の代物ではない。王さん曰く「お茶は『バタフライピー』というものを皆さんに知ってもらうための代表ツール」。その背後には、この植物を使って「人と地球を健康にする」という、大きなテーマが控えている。
「『人』に関しては、バタフライピーに含まれる成分、抗酸化物質のあるポリフェノールや、目に良いとされるアントシアニンが、健康食品や化粧品サプリメントの原料になります。今は様々なメーカーさんに原料を供給してるんですが、2024年からは自社商品の開発も進めています。他にも人体に安全な天然着色料を作ったり」と、バタフライピーの可能性を穏やかに語る王さん。2023年には、事業共創を目的としてロート製薬株式会社とも資本業務提携し、バタフライピーを使ったアイケア製品の研究開発が進められている。

「『地球』に関しては、これが創業のきっかけでもあるんですが、バラフライピーで沖縄の農業課題の解決したいという思いがまずあって」と王さんは真剣な表情に。
「含有成分を使った自然農薬の開発をはじめ、窒素の吸収機能を持つバタフライピーを牛の飼料に混ぜることで、温暖化の一因とも言われるゲップを減らす等のカーボンニュートラルな取り組みや、天然染料作り、それから、花の隣にできる豆を新しいエネルギーとして使えないかっていう研究も行っています」

社名に「研究所」とある通り、同社はバタフライピーの研究を行っている。県内外の研究機関や事業者とも共同研究契約を結んでおり、富山にも「小さいですけど」と王さんは謙遜するが、自社運営のラボを設立、本格的な研究を進めている。バタフライピーは世界的にまだ認知度も低く、栽培方法や含有成分もきちんと研究されていないという。
「大量栽培技術を確立したのも、同社が世界で初めてです」と王さん。
またその活動は国内だけに留まらず、研究拠点はバタフライピーとの出会いの地、タイ国にも。
「タイが国策で栽培しているキャッサバの休耕期にバタフライピーを植え、土壌の回復を図りつつ収入源を確保する『バタフライピー大規模栽培プロジェクト』をタイ国政府と提携して行っています」と、大きなプロジェクトを淡々と語る王さん。
東京発のバタフライピー・ブーム!
必然に導かれて沖縄へ
沖縄産のハーブとして現在は広く知られるバタフライピーだが、実はほんの十年ほど前までは、知名度がほとんどない植物だった。県内での栽培農家を増やし、その認知度を高めたのが、何を隠そう王さんその人。
遡ること2014年、東京でポップカルチャー関連の別会社を運営していた王さんは仕事でタイの田舎に立ち寄り、そこで染色に使われていたバタフライピーと偶然出会ったのだという。
「タイではバタフライピーを食べる、飲むっていう文化はなかったんですが、興味が沸いて調べてみると、古来アーユルヴェーダで服用していたって記述があって、飲食できるってことが分かったんですね」
時代は、Instagramが流行りだし、タピオカ等が「映える」とブームになった頃。
「面白いから日本でやってみようと。『色が変わるハーブティー』に『東南アジア』『美容』等のキーワードをつけてマーケティングしたらSNSでバズって。原宿にお店を出したり、テレビCMを打ったり。ティーバッグをAmazonで売り出したら1位を獲得したりと、需要が出てきて」と、今に繋がるバタフライピー・ブームの火付け役となったことを、またしてもサラリと語る王さん。
そしてこの頃、お客さんから「国産のバタフライピーはないの?」という声がちらほら上がるようになり、国内で栽培できるところはないのかと探していたところ「たまたま気候的に栽培に適した沖縄に辿り着いたんですね」と、沖縄と縁を結んだ経緯を語る。

2024年に県民500人にアンケートをとった結果、バタフライピーの認知度は8割。そのうち半数以上が「バタフライピー研究所」を知っていた
バタフライピーが沖縄を救う?
使命感から会社設立
当初は「沖縄で起業」という考えは頭になかったというが、足繁く通ううち、様々な沖縄の社会問題を知るようになる。
「特に農業ですよね。沖縄県内にバタフライピーを作っている農家さんがあって、その方と交流していく中で、農家の高齢化とか、農薬とか、耕作放棄地とか……沖縄の農業があと15年位でなくなっちゃうんじゃないかみたいな、そんな悲惨な現状であることを知って」
しかも、通ってた時期はコロナ禍の真っ只中。
「観光産業の方々も悲鳴を上げてるのを知って、これを何とかできないかなって考えた時に『バタフライピーで全部解決できるかもしれない』と。これはただやるんではなく、6次産業レベルまでやりたいっていう思いを抱いて」
そして2021年、東京の会社の一事業からスピンアウトし「バラフライピー研究所」を沖縄で設立した。
しかし、事がそう簡単に進んだわけではない。まず苦労したのは、バタフライピーを栽培してくれる沖縄の農家探しだ。
「1農家さんだけでは量が足りないので、栽培してくれるところを他にも探すわけですが、やっぱり内地の、東京から突然やってきた人間、しかも名刺を出すと『いかにも中国人』っていうので距離をとられる方もいて。パタフライピーっていう訳のわからないものを作ってくれと頼んでも『何だソレ』っていう感じで」と、苦笑しながら当時を語る。
信頼関係を作るために、朝は5時起きして収穫を手伝い、午後はデスクワーク、夜はモアイに参加する日々。沖縄には全く人脈もなく、県内の事業者、経営者層へのアプローチも全て飛び込みだったという。
「でもお話すると、ほとんどの方が観光産業に関わってらっしゃるので、やはり沖縄にある課題解決や、アフターコロナの沖縄を象徴するような『新しい何かが必要』というのは、皆さん共通で感じてらして。沖縄の青い空、青い海を象徴するバタフライピーは、まさしくうってつけのコンテンツ。農業問題を解決しつつ、沖縄の観光産業にもマッチしてるってことで、いろんな方々に賛同していただきました」

そして王さんの熱意は実を結び、同社設立とともに業界団体「バタフライピー産業推進団体(BPG)」の立ち上げに至った。
現在は、オリオンビール社をはじめ約100事業者が参画し、沖縄発・世界規模でのバタフライピー市場確立に向けての取り組みが着々と遂行されている。

大切にしたいのは「人の想い」
未来の沖縄の農業のために
かくしてメジャーな沖縄の特産品となりつつあるバタフライピー。同社は現在、10の農家と契約を結び、年間10トンを生産。今では農家の方から「やらせてほしい」と逆に問い合わせがあるというが、全買取制をとっているため、契約数は絞っているという。選定基準はというと「やっぱり『何らかの想い』がある方々にお願いしたい」と王さん。

「例えば、お供え用の電照菊をやってらした農家さん。育てるのに日々農薬を吸い込むので健康被害もありますし、何より『農薬が流れ出て、すぐそこにある海を汚してしまう』と、悲しい思いをされていて。その点、バタフライピーなら無農薬で育てられるからチャレンジしたいと。また、70半ばの、ご夫婦でユリを作ってらっしゃった農家さんは、『屈んで作業するのに体に負担がかかって大変だし、孫にも農業を教えたいけれど、畑に入れると農薬で肌も荒れるし、入れたくない』とおっしゃって。バタフライピーは収穫も簡単だし、今ではお孫さんと一緒に楽しみながら収穫して、作業の後にはバタフライピーのお茶を皆で楽しんでくださっているんです」と王さんは、インタビュー中で一番嬉しそうな表情を見せた。

「子供の頃のそういう記憶って、本当にとても大切じゃないですか。沖縄の農業の未来を考えると『農業って楽しいんだ、面白いんだ』って思ってもらえたら、自分もバタフライピー事業をやっていて良かったと思えますし」と続ける。
もちろん、王さんはビジネス的な観点からの農家参画を否定しているわけではないが「沖縄の農業の歴史上、供給過多ゆえに価格破壊が起きて、結果的に農家がダメージを受けた事例も多いですし、またその過程で品種の流出の危険もあります」と、将来を見据えた生産体制をとっている。
同社は5年後をめどに、生産量500トン・200億円規模の市場の掘り起こしを目指す。今後研究が更に進み、バイオヘルスケア領域、そしてサステナブルマテリアル領域で需要が高まれば、まさに沖縄の農業がガラリと変わることになるだろう。
ロールモデルはユーグレナ
目指すは時価総額100億でのIPO
同社は2024年8月にシードラウンドでの資金調達を完了した。シードラウンドの株主には、先のロート製薬、大同火災といった沖縄に根ざす大手起業も名を連ねる。「社会実装を加速したいので、スピード感を出したい」という目標はあるものの、事業シナジーを大切にする考えだという。
そんな同社がロールモデルとするのは、「株式会社ユーグレナ」。誰も注目しなかった「ミドリムシ」に着目し、食品やサプリメント、化粧品、バイオ燃料開発、ヘルスケアや免疫研究等の医療分野にまで展開する事業体制は、なるほどバタフライピーの可能性と合致する。王さんも「IPOを目標にしています」とキッパリ。

最後に、失礼かとは思いつつ、外国人であることで、日本で事業をする上でのデメリットはあるかと質問してみた。沖縄での農家開拓時に「中国人であることで距離をとられたこともある」というエピソードが気になっていたからだ。
「確かに、マイナス面もあるんですが、外国人であるからこそ、逆に興味を持ってくださる方もいらっしゃって。自分はいかにも中国人な名前ですけど、あえて隠さず積極的にメディアにも出させていただくのは『中国人だけど、何か日本のために頑張ってるな』っていうところを見てもらいたくて。日本が好きで、日本のために頑張ってる外国の方って、実は結構いると思うんですよ。でもビザで苦労していたり、日本が好きなのに上手く表現できていない人が非常に多くて。だから自分がこうやって活動することで、そういった方々のことも元気づけられたらいいなっていう思いがあります」
筆者が「日本と中国の架け橋ですね」と感想を伝えると「素敵な言葉ですね」と目を伏せて微笑んだ王さん。日本的控えめさと大陸的行動力を持つ王さんは、まさに日中の気質のハイブリッド的存在。沖縄産のバタフライピーとともに、近い将来世界に向けて大きく羽ばたいてくれることだろう。
取材・文/楢林見奈子