日々革新的技術や治療が生まれていく医療業界。十年前の「不治の病」が治療可能な一疾患に変わるスピードも加速している。人間は、夢見たことを実現していく生き物。近い将来、多くの病気は手術不要になり、日本人死亡率NO.1のがんさえ、日帰り治療で克服できる日が来るだろう。そう確信させてくれたのが、今回取材した「由風BIOメディカル株式会社」だ。
事業の2つの柱は
検査医療の技術革新+再生医療の産業化
訪れたのは、うるま市にある「沖縄健康バイオテクノロジー研究開発センター」。バイオテクノロジー分野の研究開発を支援するこの施設に本社を構えるのが、今注目を集める沖縄発のバイオベンチャー「由風BIOメディカル株式会社」だ。会議室で迎えてくれたのは、代表取締役CEOであり工学博士である中濵さんと、実業家であり副社長を務める谷さん。異なるバックグラウンドを持つ二人が、どのようにして会社を立ち上げ、成長させてきたのだろう。

同社の事業の柱は大きく2つ。「バイオマテリアル事業」と「再生医療事業」だ。医療分野に詳しくない読者のために、それぞれの事業について簡単に説明しよう。
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「バイオマテリアル事業」……「バイオマテリアル」とは、生きた細胞や体の成分(タンパク質やDNAなど)と一緒に使う特別な材料のこと。同社では、特にがんや肺炎、血液やホルモン疾患、肝炎をはじめとする感染症などの検査(免疫血清検査)に用いられる体外診断用医薬品に注力している。独自技術で設計した医用ナノ粒子を用いた同社の製品は、従来の製品と比較して検査速度を1/4に短縮、精度や感度も大幅に向上させた。これにより、医療コストの削減や、早期発見・早期治療の促進に貢献している。「社会的意義も大きいと思っています」と中濵さんは語る。
「再生医療事業」……再生医療とは、体の失われた組織や細胞を修復する医療のこと。同社は日立グループとの共創により、九州・沖縄地方最大級の細胞培養加工施設を所有している。ここでは、がん免疫治療や、損傷した組織の修復に使われる特定細胞加工物(患者の血液成分を培養した細胞薬)、調剤用試薬などの製造が行われている。
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大まかに言えば「検査」と「治療」の両フィールドに、最先端のバイオ技術を駆使して大きな革新をもたらしている医療系バイオベンチャー企業、それが由風BIOメディカル株式会社だ。
医療の素人でも分かる!
同社の凄さを解説
バイオテクノロジーの知識を一夜漬けで仕込んで取材に臨んだ筆者。全てを理解できずとも、お話しいただいた再生医療の大きな可能性に感銘を受けた。
例えば、同社が提供するがん免疫治療の「NKT細胞標的治療」。患者の血液を採血し、そこからとある細胞を培養して体内に戻せば、誰もが体内に持つ免疫として非常に優秀なナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)が活性化し、破竹の勢いでがんを退治してくれる。自己免疫を活用するため副作用もほとんどなく、がんの種類を問わず治療が可能だ。
更にもう一つ特筆したいのが「PRP療法」。例えば、多くのお年寄りを悩ませる「変形性膝関節症」では、患者の血液から取り出した、成長因子(薬効を持つタンパク質)を含む血小板を加工した液体(PRP)を膝関節内に注入。すると、間もなく劇的に症状が改善されるという。NKT細胞標的治療と同じく、体にもともと備わる能力を活用・拡大する治療だが、PRPは「細胞の成長力」を引き出すため、整形外科や皮膚科など幅広い領域での応用が期待されており、実施医療機関数も伸びてきているのだそう。
同社では現在、このPRPを更に独自技術で加工し、成長因子濃度を通常の10~20倍も高めた「PCP-FD®」いう新技術の提供に力を入れて取り組んでいるそう。治療効果のお話は熱傷や関節痛、歯周病の歯茎の再生、果ては薄毛の改善にまでおよび、「万能ですね!夢のよう!」という言葉が筆者の口を突いて出た。

もちろん、これらの治療や療法に最大の効果を与える特定細胞加工物を作るには、高い技術と最新の設備が必要だ。同社は、2023年に厚生労働省から「再生医療安全確保法」に基づく「特定細胞加工物製造許可」を取得、「沖縄バイオ産業振興センター」内に持つ細胞培養加工施設(CPC)で日々培養を行っている。

そして製造とともに重要なのが、培養した細胞の「運搬」だ。いくら最高の培養技術で効果の高い製品を製造しても、患者に投与されるまでの管理体制がずさんであれば、治療の効果に影を落とす。この課題に対し、同社は採取から投与までを一元管理する日本初のプラットフォームを日立グループと共同で構築、2024年夏からスズケン沖縄薬品と共同で実証事業も開始している。
「沖縄のために来てくれ!」にほだされ
大企業からバイオベンチャーへ転身
メディアの取材に度々お二人揃って登場される中濵さんと谷さん。お二人の出会いは同社立ち上げの6年ほど前、谷さんが出版事業で医療本を手掛けていた際、編集リサーチの過程で、当時キャノン株式会社でライフサイエンス系のプロジェクトに携わっていた中濵さんを紹介されたのだそう。
当時、大企業で給料も申し分なかったキャノンを退社する予定は全くなかったという中濵さん。だが、日々耳に入ってくるバイオ関連情報を谷さんに披露していたところ「いま沖縄はバイオ関連分野に力を入れているから、事業を興して沖縄を盛り上げたい!沖縄の所得を倍増したい!」と谷さんの沖縄愛に火がついた。勢いに押され、ご本人いわく「当初は手伝いくらいの気持ち」で関わったものの、最終的に「沖縄のために一緒に来てくれ!」という谷さんの言葉に頷いたという。
「一回りも年下の人間が、地元のために頑張ろうとしていることに尊敬の念も抱いたし、自分もその時40代中盤だったので、何かやり遂げて50歳を迎えようという気持ちにもなって」と、中濵さんはキャノンを退社、現在の事業に打ち込むことにしたのだという。「巻き添えを食ったというか……」という中濵さんの冗談に、お二人は大爆笑。

医療ツーリズムで沖縄振興
リゾート×医療の可能性
同社は、2022年には「沖縄産業振興補助事業者」に採択され、以来、県との協働で再生医療の産業化を進めている。目標は再生医療のブランド化と、それによる県内医療ツーリズムの振興だ。
「再生医療は研究所の電気代やら細胞の餌代やらお金がかかって、真面目にやるほど儲からないんですけどね」と谷さんは笑い、「医療ツーリズムで儲かるのはお医者さんや旅行関係者だけど、患者さんがたくさんくれば培養施設の回転率が上がって多少利益は増えます(笑)」と中濵さん。
とはいえ、沖縄振興への熱い思いを下地に設立された同社。バイオマテリアル分野での収入でキャッシュフローのバランスをとりつつ、いずれは沖縄を再生医療の先進県、市場規模5500億円ともいわれる医療ツーリズムのメッカとして、東京や大阪に匹敵する市場に育てたいのだそう。それには他の追随を許さない、特定細胞加工物の品質担保が必要。前述した一元管理プラットフォームの構築も、この医療ツーリズム構想の一翼をになっているのだそう。

そして、沖縄には、都会にはない美しい自然があり、温暖な気候も強み。病気を抱える人や、心を痛める付き添いの人にとっても、美ら海や緑の森が心を慰めてくれる「付加価値」になることは間違いない。
沖縄発スタートアップの星
苦労を超えて、目指すは株式上場!
事業を始めて以来、一番苦労されたことは?と伺うと、一瞬沈黙した谷さんは真顔で「お金……(笑)」とお答えに。
「最初はもちろん実績もないですし、この分野自体が沖縄の中でも新しいものだったので、金融機関等も二の足を踏んでしまわれるので。事業内容を必死に説明したり、話を聞いていただける方を繋いでいただいたりして、少しずつお金を集めて」
中濵さんも「新規事業は『スモールスタート』が正しいと言われていますけど、医療分野の、特に「ものづくり系」だとそれは無理で。資金調達をお願いする時に、そこをどう分かってもらうかっていうのがすごく大変で」と、資金難のため、本格稼働に2年以上の月日がかかった苦労を語る。
とはいえ、これまで株式投資型クラウドファンディングなど、医療系スタートアップとしてはユニークな方法での資金調達でも話題を集め、知名度を上げてきた同社。2024年の12月には沖縄公庫から6000万の融資が決まり、2027年の上場目標に向けて歩みを加速している。

「地域の連携の深まりや、事業内容を説明した人からの期待や共感が嬉しい、使命感を感じる」と言う谷さんと「研究が報われて、自分の技術が人の役に立っているのが見える、喜びの声を聞けるのが嬉しいい」と語る中濵さん。
健康は、人生の幸福度を大きく左右する重要ファクター。沖縄期待のバイオベンチャーは、今後も医療の世界に革新をもたらし、私たちの未来を明るく照らす沖縄スタートアップの星となってくれることだろう。
取材・文/楢林見奈子