まだ世にない事業を起こすとき、少なからず気負いと決意、一抹の不安を持ってスタートを切るのが一般的だろう。だが「自分たちの好きなことを社会に活かせたら」と始めたビジネスが、図らずも「日本初」と注目を集め、予想を超えるニーズの高さで沖縄を代表するスタートアップの一つと呼ばれるようになった企業がある。株式会社URAKATA代表、石垣島ご出身の山田慎也様さんに話を伺った。
「コロナ禍の危機感」と「好きなこと」から
スタートしたシェアリング事業
沖縄発、日本初のアウトドアシェアリングサービス「ソトリスト」の概要はシンプルだ。キャンプ用品を個人から預かり、それを必要な人に貸し出す。どちらも登録はサイトから。レンタル料金の一部が持ち主に報酬として支払われ、返却された用品のメンテナンスや清掃はソトリストが行う。持ち主が必要な時は、用品を店舗から引き出して使うこともできる。持ち主側、借りる側の双方にとってメリットばかりの仕組みだ。同サイトからは、沖縄エリアのキャンプ場の予約も可能だ。
この事業を始めた代表の山田さんは、ウェブ関連のディレクション、コンサルとしてウェブソリューション業界に身を置いていた人物。2017年に株式会社URAKATAを設立、当初は自分を含めたフリーランスのデザイナーやエンジニアのための共同オフィス兼、仕事の窓口事業を展開していた。当時、会社の棚の一角は、皆の自宅で置き場に困った趣味の釣り具やキャンプ用品が占領していたという。
業績は順調だったが、そこに忍び寄ってきたのが新型コロナの影。取引先の外資系ホテル筋から、いち早く海外の惨状や客足の鈍りを耳にし「これは日本も予想がつかないことになる」と危機感を抱いた。
「危機感と同時に、これまでクライアントワークに携わってきた中で、もう少し『自分たちの好きなことを社会に活かせるような仕組みづくり』にも挑戦したい気持ちが湧いたんです。であれば、大好きなアウトドア、キャンプに思いっきり事業を振り切ってみる挑戦をしてみようかな、と」
そこで山田さんは、前職の同僚であり、キャンプや釣りの面白さを教えてくれた遊びの師匠、現在の右腕である阿嘉さんに相談。大急ぎでソトリストのウェブサイトを構築した。さすがデジタル領域を専門としていた会社だけに「2週間ぐらいで設計して、通常は2ヶ月ぐらいかかるものを1ヶ月ぐらいでベータ版サイトを作りました。バックエンドのシステム構築も、仕事のパートナーとして取引があったところに依頼して」と山田さん自身が語るように、事業化はあれよあれよと進んだという。
「もともとは仲間内の、置き場に困ったアウトトアグッズを利用して始めた事業だったので」と苦笑いするのは阿嘉さん。とはいえ、全く不安要素がなかったわけではない。
「国内初ということは前例がないということで、参考にできるデータがなかったんです。運営にどのくらいのコストがかかるのか、そもそもキャンプ用品を預けたい人は本当にいるのか?レンタルで借りたい人っているのか?世の中のニーズとしてこのビジネスが根を下ろせるのか?そういう不安はあって」と、山田さんは当時を振り返る。
「ただ仮説はありました。例えば4人家族がキャンプを始めようとなったら、道具を揃えるのに初期投資が10〜15万以上かかる。でも使っていないときの置き場に困っている人は絶対いるはずだ、と。それは自分たちの実体験で(笑)。その休眠資産をairbnbのような形で有効活用できる仕組みがあれば自分たちだって使ってみたいし、きっと需要があるだろうと。幸い、サイトのセキュリティ面といった運用の部分では、これまでの経験が生かせたので、そのあたりの不安はなく。とにかく実際にやってみて、反応を見るしかない!と、どんどん進めてったという感じです(笑)」
立ち上げにかかったコストは、開発やサーバー等のインフラなど、実際にシステムを動かす部分のみの最小限。こうして日本初のアウトドアシェアリングサービスは、軽やかにスタートした。
掲載当日から鳴り止まない電話
オールドメディアの底力を実感
自分たちの所持しているキャンプ用具をテストも兼ねてサイトに全て表示、その後だんだんと商材を集めていく戦略を立てていた事業開始2ヶ月目のある日、突然ブレイクポイントが訪れた。事務所兼店舗の電話が朝から鳴り止まず、用品を預けたいというお客が次から次へアポ無しで訪ねて来たのだという。新聞の朝刊に、ソトリストの取り組みが掲載されたその日だった。
「琉球新報さんや沖縄タイムスさんに、新しい取り組みとして取材されていたんです。ただ、ここが我々ウェブ系の人間の駄目なところなんすけど、取材は受けたものの、当時は紙媒体のマスメディアの効力を全く期待していなかったんです(笑)」と苦笑する山田さん。
蓋を開けてみれば、引越しの荷物整理がてら用品を持ってきたという若者、家族が増えてテントがサイズアウトしたという男性、夫のキャンプ用品収集癖に腹を立てていた奥さんなど、多種多様な理由や年齢層の預け希望者が殺到。ソトリストが、世の中の隠れたニーズの鉱脈を掘り起こしたことが判明した瞬間だった。その盛況ぶりは、収納棚が満杯になり、データ登録が追いつかないほどだったという。
「これまでなかった事業やサービスっていうのは、ターゲット層にスキームをイメージしてもらうのが難しいんですけど、幅広い購読層を持つ新聞で『使っていないキャンプ用品を預けて報酬がもらえる』という単純明快に整理した情報を紹介してもらえたのが、最初のインプットとして分かりやすかったんだろうと、改めて考えさせらました。僕たちののマーケティングの概念がデジタル領域に偏っていことを、自社サービス始めて初めて知ったっという。本末転倒です(笑)」
反省しきり、といった表情で当時を振り返る山田さんだが、これを機にソトリストの認知度は格段に高まった。
初心者を後押しする仕組みがインバウンド需要にもリーチ
やがてコロナ禍に突入し、三密を避けられるレジャーとしてキャンプがもてはやされると、アウトドア市場は大きく跳ね上がった。ソトリストも2021年には2店舗目となる名護店、そして2022年4月には富士山の麓に河口湖店もオープン。その後、新型コロナの深刻化にともなってほとんどのキャンプ場が閉鎖され、アウトドア需要が落ち込むなど、ソトリストのビジネスも、良くも悪くもその影響を受けてきた。
「キャンプ用品って一度買ってしまったらなかなか買い替えないので、2023年度の市場購買率は落ちてるんですが、逆にキャンプ場の利用率は上昇しています。アフターコロナでやっと落ち着いて自由にキャンプを楽しめるようになり、そこに同行者も増え、ソトリストのレンタル数も伸びてきている状況です」と話す山田さんによると、コロナ前のキャンプ人口は毎年全国で10万人程度増加傾向にあったが、現在またその状況に戻りつつあるという。
これからキャンプを始めたいという人々に向け、いかにレンタルの間口を広げられるか、価格設定についても試行錯誤しているというソトリストだが、初心者を後押しする仕掛けとして「清掃せずに返却OK」というシステムは大きい。
「例えばご自宅が集合住宅なので、洗い場や干し場所がないという人もいます。もっと言うと、テントってどうやて清掃するの?という人も。そういうキャンプ後の『宿題』が多いと、気軽にまた行こうとはならなくなってしまう。だから、これはもう大変だけれど僕らがやるしかないんだと(笑)。もちろん、お預かりしている大切な用品の品質担保という意味もありますし、ソトリストがアウトドアレンタル用品の品質基準、ルールメイカーになれるんじゃないかと、ここは徹底しています」
また、この清掃システムは、アフターコロナのインバウンド客からの予約増加にもリンクしているよう。筆者の取材中にも、外国人観光客とおぼしき人がレンタカーでテントやテーブルの返却にやってきた。自国から重くてかさばるキャンプ道具を持ちこむことが困難、使用後の清掃場確保も難しい外国人観光客にとって、ソトリストは今までにない新しい日本観光の形を提供してくれる存在だ。台湾のアウトドア関係者からも「日本でキャンプをしたいというニーズがあるのでソトリストを紹介したい」と斡旋協力を持ちかけられたそう。
「山梨の河口湖店でも、1日多い時は5〜6件、週末は必ず台湾や韓国をはじめとする海外のお客様の予約が入ってきます。リゾート観光を楽しみたいと思っている中でも、少し自分たちなりにカスタマイズした自由な旅行や、パーソナライズした環境を求める傾向が強まっているんじゃないかと思いますね」と山田さんは分析する。
ニーズを読み取り、新サービス展開
次はオールインワンの仕組みづくり
サイトのシステムを内製している強みとして、これまで蓄積してきたデータをもとにした新サービス展開に至るフットワークは軽い。河口湖店では、3日前までの予約で関東圏の指定場所まで用具を配送するサービスのほか、全国のキャンパー向けに往復郵送によるテント清掃代行サービスも開始している。クチコミベースで人気が高まり、秋のキャンプシーズンに長雨が続いた際は、一日で40件以上の清掃依頼が殺到したという。あわてて沖縄から山梨までヘルプに飛び、スタッフとともにテントの清掃に明け暮れたという山田さんだが「利用したお客さんがSNSに『預ける前より綺麗になってるんすけど、新品に交換したんじゃないすか』なんて、冗談混じりの好評価投稿をしてくださったりして、嬉しかったですね」と、苦労に勝るやりがいも語ってくれた。
今後の新サービスとしては、沖縄・山梨ともにハイシーズンの預け用品引き出しが率が5%に満たないという事実を受け、持ち出し無しを前提としたプレミアムプランや、レンタルには出さずに清掃・保管・配送を頼みたいという新たな顧客向けの有料預けプランの展開も視野に入れているという。
「有料預けプランご利用者の方にも、持ち出し頻度が少なくなってきたらシェアリングへのプランチェンジをご提案したり、最終的に用具が不要になったときに僕らが二次販売まで担ったりできれば、ユーザーとの関係でライフタイムバリューの高いオールインワンの仕組みができるんじゃないかと考えています」と山田さん。
このインタビューを行った2023年11月初旬の段階で、すでに九州に4件目の店舗進出が決定。その後は関西エリアまで店舗拡大を考えているそう。
「店舗が増えて利用ユーザーの数や地域がが増えればニーズが多様化していくはずなので、それに合わせて店舗機能や新サービスを実現していけたらと考えています」と、成長に向けた攻めの姿勢を崩さない。
目指すのは「大人がもっと遊ぶ世の中」
健康な体づくりカルチャーを広めたい
スタートアップの階段を着実に上っている株式会社URAKATA。「この事業を通して達成したいことは?」と尋ねると、「大人が夢中になって遊べる世の中の実現」という答えが笑顔の山田さんから返ってきた。
「キャンプに共感して欲しいうのはもちろんあるんですけど、もっと大きなテーマがあって。自然の中で遊ぶことで人生を豊かにしたり、健康な心と体を作るカルチャーを、この事業を通して作っていきたいんですね。自然体験を通してストレスが軽減され、免疫能力が活性化することは世界的な論文でもたくさん発表されていて、科学的なエビデンスがちゃんとあるんです」と、シェアリングサービスの枠を超え、ウェルビーイング事業に乗り出していることを明かしてくれた。
このインタビューを行った時点で、アウトドア体験の検証イベントの開催も同月末に決定していた。宜野座村の湖畔公園の一角を特別な許可を得て貸切り、サイクリングやカヤックなどのアクティビティや、サウナやマッサージなどのリラックスコンテンツを同時多発的に配置、参加者は自然のなかで好きなように過ごし、焚き火やフード、お酒を楽しみつつテントで一泊する。山田さんいわく「時間が溶けるような」環境にどっぷり浸かってもらい、イベント前後にはバイタルデータを測定。その効果を本人に見える化するという。
「遊ぶことで自分の体や心を意識してもらったり、その効果を認知して広めてもらう取り組みです。自然の中でしか得られない幸福感ってめちゃくちゃありますし、とにかく仕事以外に熱中できる選択肢がたくさんある方が人生を豊かに生きられる。これは自分の実体験としてあって」と、休日も仕事に熱中し過ぎていた過去の自分を振る山田さん。「アウトドアを始めて、夢中になれる選択肢が自分の中にあることの重要性を実感しました。今もこれは変わらず、自然の中に身を置くと新しい挑戦に前向きになれるんです」
事業躍進の原動力となった「とりあえずやってみよう」精神は、どうやらアウトドアで培われたよう。「ソトリストを、単にシェアリングサービスではなくて、アウトドアの可能性を最大化するサービスとして認識してもらえたら嬉しい」と、熱く語ってくれた山田さん。夢中になって自然と遊びつつ、軽やかに豊かな未来を目指していくのだろう。
取材・文/楢林見奈子