先進国中、ずば抜けて食料自給率が低い日本。食は国の命運を左右する重大事項だが、後継者問題、天候によって左右される収入など、農家のなり手は多いとは言えず、沖縄の状態も深刻だ。この危機に真摯に立ち向かい、DXで沖縄の、ひいては日本の農業に「革命」を起こそうと立ち上がった人物がいる。テックベジタス株式会社、代表の新垣裕一さんにお話を伺った。
農家の販路と可能性を広げる
革新的なDXツール開発!
「沖縄で農業」と聞くと、海風にさざめくサトウキビ畑、強い太陽の下に広がるパイナップル畑など牧歌的なイメージを抱きがちだが、その現実は厳しい。農業従事者の高齢化は全国的に問題視されているが、沖縄も、現役農家の6割がすでに65歳以上というデータが出ている。
「沖縄の農家の、農業収入平均って56万円なんですよ」と新垣さんが口にした時、思わず「え?月間で?」と聞き返した。
「年間でですね。全国平均よりもかなり低い。ピンからキリまでありますが、農業外の収入と合わせて、やっと生活できるレベルの収入になるという農家が多いんです」と、台風で被害を受けることも多々あり、兼業でないとやっていけない沖縄農家の苦しい懐事情を新垣さんは語る。

「儲からない」から農業を志す若者は減り、親も「子供に同じ苦労をさせたくない」となれば、農業人口が増えるべくもない。「それなら儲かるようにすればいいんじゃないか?」と考えた新垣さん。アナログな沖縄農業界にDXの風を吹き込み、需要側(バイヤーや飲食関係者)と農家を繋いで農業収入をアップするためのツール「沖縄農業革命」を作り上げた。
「沖縄農業革命」は、農家に関するアナログ情報をデジタル化して蓄積していく、いわばデータベース的存在。生産品目や収穫可能時期や量、希望小売価格、食べ方などなど、農家の持つアナログ情報を落とし込む、ありそうでなかった情報共有システムだ。
このデータベースをもとに、バイヤー等の大口客向けの商談プラットフォームであるウェブアプリ「はるモニフィールズ」や、ホテルや飲食店といった小口客向けのECサイト「もぐしょっぷ」、そして一般消費者と農家をつなぐメディアサイト「もぐのーと」など、対象・目的別のツールに情報が利用されていく。

B to Bの2ツールでは、詳細な農作物情報が閲覧できるので、バイヤー側が個別に農家に問い合わせる手間を省き、必要な時期に適切な量を購入することが可能。農家側も営業の手間が省ける上に、生産計画も立てやすく、販路が格段に広がるというわけだ。
B to Cの「もぐのーと」も、消費者が商店に並ぶ農作物のQRコードを読み込むことで農家の「思い」や「こだわり」に触れることができ、先方にレビューを届けることも可能。どのツールも、これまで繋がりの薄かった買い手と農家とのコミュニケーションの深化に役立ち、農家に気づきと新たなチャンスも生み出してくれる。
「1つのことを突き止めて生きろ」
父の言葉を胸に「農業を変える道」へ
子供の頃から「自分は何のために生まれたんだろう?」と存在意義を考えていたという新垣さんが、農業に関わる道に進に進もうと決めたのは高校生の時。勉強をしなくても満点が取れるほど生物学が得意だったという新垣青年、尊敬する父親から言われた言葉「1つのことを突き詰めて生きていきなさい」が胸に刺さり、琉球大学農学部へ進学した。授業で右肩下がりの農業の現状を知り「農業をもっと儲かる、魅力的なものに変えるために、自分にできることはないだろうか?」と考えるようになったという。そして卒業後はJAおきなわに就職。
しかし、営農支援センターに配属された新垣さんの目に衝撃的な光景が映る。ある農家で、山積みになった立派なキャベツたちが、トラクターで無惨に大量廃棄されていたのだ。価格の暴落を防ぐために、多くの農家で日常的に行われていることだが、このとき供給過多や供給不足など、農作物の流通の仕組みの歪さに大きな疑問を感じた。「複数の販路があれば、無駄を出さずに済むのでは?」と現在の事業に繋がる構想の芽を抱いたという。

その後、業務でとある農家のコンサルティングに携わる機会があり、SNSやクラウドファンディングを使ってブランディングに成功。この取り組みがTVや新聞にも取り上げられ、販路拡大に大きな手応えを感じたという。
「成功体験やノウハウを共有できる場があれば、農業全体を大きく変えられる!」と意気込んだ新垣さんだったが、JAという巨大な組織の中、しがらみという大きな壁に度々ぶつかり、限界を感じてIT企業に転職。そこでシステム作りの基本やウェブマーケティングを学び、満を持して2015年に事業を起こした。同時に農業生産法人や農産物直売所でも働き、経営や販売などの相談・指導の手腕を磨いたという。
「現場での経験から、作りたいもののイメージは頭の中に出来上がっていた」という新垣さん。ローコード開発をオンライン学習で学び、寝る間も惜しんで自ら「沖縄農業革命」システムを作り上げたという。
しかし……。
農業DXの一翼を担う
「デジタルはるさー協同組合」発足
「農家さんが喜んでくれるだろうと意気揚々と営業に出かけたんですが、皆さん「新垣さん、これはすごいね!』とは言ってくれるんですが『でも、忙しくて入力してる暇がないよ』『現場が人手不足で使いこなせないよ』と(笑)」
先にも書いたように、農家の多くはオジィやオバァ世代。いくら革新的なアプリでも、彼らにとっては「絵に描いた餅」だった。
「落ち込みました。でも、このシステムを利用してもらえれば、困っている農家さんたちの未来を変えられるって信じていたので。自分のエゴかもしれないけど、突き通さなきゃ!農業革命を起こすんだ!」と、自らを奮い立たせたという新垣さん。
そうして、アプリリリースの翌年に協力農家とともに発足させたのが「デジタルはるさー協同組合(通称デジはる)」。農業のデジタル化を「実践する」、もしくは「したい」農家さんと、それを応援する事業者集団組織だ。農家以外の組合員は、パティシエや加工業者をはじめ、さまざまな事業者が集う。それまで広げてきた人的ネットワークの中から「農業に革命を起こしたい」という新垣さんの夢や行動に共感や応援をしてくれていた人々が、コアなメンバーとなってくれたという。

「農家さんが情報入力できないなら組合員が代行するし、伴走支援するから一緒にやろう!販路も開拓するから!付いてきて!」と、利用におよび腰だった農家さんたちを鼓舞。そうしてシステムの運営を少しずつ軌道に乗せたことはもとより、組合員から生まれたアイデアや事業を、これまで皆で形にしてきたという。
「テックベジタスがシステムを作り、デジはるが現場で動くという一心同体の関係。役割をわけたことで、農家さんに理解してもらえたし、優先順位も明確になりました」と新垣さん。
例えば2023年の大型台風の影響でマンゴー傷ついて規格外となり、価格が暴落してしまった時。組合がマンゴーを市価の4倍で買取り、冷凍保存。台風が過ぎ去ると「マンゴーレスキュープロジェクト」と銘打って組合のECサイトで販売を開始した。取り組みは共感を呼んでSNSを中心に拡散され、これを見た大手コンビニエンス・ストアグループからも買取のオファーが舞い込んだ。結果、規格外マンゴーは全国2.2万店舗で売り切れ続出の人気商品に生まれ変わった。

こうした実績を積み重ね「デジはる」が世に知られるようになるにつれ、興味を持った様々な業界から声がかかるようになった。古巣JAに属する農家の青壮年部とも現在、情報交換する機会に恵まれているそう。
「JAさんとか、業界リーダーと上手く連携できたらいいなと考えていて。そのために実績も必要ですし、いろんな可能性を検討していきたいですね。結局『農家さんのために』という目標は一緒なので」と、あくまでも他利的な新垣さん。
情報や技術を収入に繋げよう!
「食の未来」へ繋がる農業体験塾
「沖縄の農業で1000万プレイヤーを生み出したい」という新垣さんらの取り組みは、作物の販路拡大に留まらず「体験を売る」という別視点の収入の柱も打ち立てている。
その最たるものが、「デジはる畑人(はるさー)体験塾」。組合員でもある現役農家が「先生」となって自然栽培を指導する、一般消費者向けの農業塾だ。家庭菜園のための単なる土地の貸し出しとは一線を画したプログラム内容に、注目と人気が集まっている。農家にとっても空き農地の活用や、経験をお金にすることができるwin-winなプロジェクト。「これまで事業をしてきた中で特に嬉しかったことは?」との質問の答えにも、新垣さんはこの体験塾のことを挙げた。

「以前は農家さんから『おかげで出荷先が増えたよ。ありがとう』って、一対一で言っていただくことが嬉しかったんですね。でも会社が成長して事業が大きくなるにつれて、社会に与えるインパクトが大きくなってきて。ある日、青空の下の体験塾で、たくさんの親子が本当に楽しそうに農作業をしている光景を見た時、ふと『ああ、自分たちの事業は農業の未来に貢献してるんだ。そうだ、この景色が作りたかったんだ!』って震えがきました。ITだけをやっていたら、こういう実感は持てなかったですね」と、達成感と感動に包まれた時のことを話してくれた。
もちろん「農業の革命」を目指す新垣さんは、そこで立ち止まるわけもない。取材した2024年11月初旬当時は、自然農法や無農薬の農産物の包括的な食の祭典「ぬちぐすいフェスタ2024」に向けた準備や、無農薬野菜等の独自の認証マークを組合から発行する詰めの作業に邁進していた。

ビジネスの観点から「農家がある程度、化学肥料を使って農作物の成長サイクルを早めるのは仕方がない」と受け入れてはいる新垣さんだが、食の多様性の観点から、やはりこの分野でも「革命」を起こしたいご様子。
「自然農法でゆっくり育てた野菜はね、味が凝縮されていて濃いんです。オジィやオバァに食べてもらうと『昔の野菜の味だね』って言うんですよ。冷蔵庫の中での日持ちも全然違います。本当は皆、そういう野菜を求めているわけです。でも今は『スーパーにないじゃない?どこに売っているの?』という状況。だから、第三者機関にきちんと調べてもらって、畑の現場確認もした上で認証して、昔ながらの野菜や果物を市場に広めたいんです」
認証マークがブランディングとなり、安心・安全で美味しい野菜が当たり前のように出回れば、消費者側にとっても「農業革命」となることだろう。

農業ビジネスの「台風の目」に!
ワクワクの農業のカタチ目指して
インタビューの最後に「今後の野望は?」と伺うと、しばらく「うーん」とPCを見つめつつ、口を開いた新垣さん。
「そうですね……テックベジタスでは『ダイナミックでワクワクする農業ビジネスに伴走』、組合では『誰もが憧れる農業の形を創造する』っていう目標を掲げているんですけど、私自身が今後、農業ビジネスの大きな台風の目になれると信じて、関係者や協力者を増やしながら更なるムーブメントを起こしていく所存です」と、畏まって答えてくれた。
もっと具体的で大きな目標を聞き出そうと「このシステムやビジネスモデルは、沖縄どころか日本の農業全体の未来を変えられるんじゃないですか?」と投げかけてみると、新垣さんは「そうですね」とはにかんだ表情を見せた。ウチナーンチュの「革命家」は、とても照れ屋でもあるようだ。

テックベジタスは2022年度の「沖縄型オープンイノベーション創出促進事業」に採択されて以来、デジはる組合とともに着実にフィールドを広げている。今後も、農福連携など、準備中の構想が多々あるのだそう。
「サービスとしてイノベーションを起こして、最終的にソーシャルインパクトとして社会の流れを作っていく基盤が今やっと出来たというところ。まだ最初の最初の段階ですが、ビジネスモデルの全体像に共感していただける方々から、ぜひ投資を受け入れたいと思っています」と、新垣さんは事業拡大に向けての熱意を燃やす。
50年後100年後の未来に「沖縄の農業の分岐点だった」と後世の人々が振り返る「農業革命」を成し遂げる日まで「この道一つと」と定めた新垣さんは、仲間とともに真っ直ぐ走り続けるのだろう。
取材・文/楢林見奈子