地方と都市部との格差は、さまざまな分野で顕著だ。教育分野もしかり。政府の最新の調査では、沖縄県の大学進学率は全国最下位との結果が出ている。まして離島に限定すれば、その割合は言わずもがな。周囲にメンターがいない、学校以外に学ぶ場所がないといった理由で夢を諦めている現状があるなら、できることがある。
今回は、離島の子供達の可能性を広げようと奮闘する若き起業家、宮古島在住の丸岡 愛美さんにお話を伺った。
島外との繋がりはボーダレス!
離島・宮古島に根差したオンライン塾
「オンライン個別指導塾」とネット上で検索すると、大手から個人まで数多の塾がヒットするが、「離島に根差している」という点で「オンライン個別指導塾StudyTree」は珍しい存在だ。塾長を務めるのは、2021年に山口県から移住してきたという丸山愛美さん。これまで取材してきた起業家さんたちのうち、誰よりも若い25歳(取材時)で、20歳のときに手探りでStudyTreeの前身となるLINEでのオンライン個別指導を始めたという行動派だ。
彼女の道筋を掘り下げる前に、簡単にStudyTreeの仕組みをご紹介しよう。
「オンラインで個別指導」と聞いてもなかなかイメージがつきにくいが、生徒の側で用意するのはタブレットかパソコン。授業は、画面共有ができるウェブ会議ツールGoogle Meetを使って行われる。
勉強を教えてくれるのは、国内各地の有名大学や海外に留学中の優秀な先生たちだ。生徒と教師、どちらがどこにいても授業が可能な上、ホワイトボード機能を使って互いに問題集に書き込みも可能なので、対面と遜色ない授業が受けられる。
担当教師が生徒の個性やレベルに合わせて学習計画を立ててくれるので、やみくもに勉強するより確実に学力を伸ばせる仕組みだ。
また、先生や他の生徒と繋がりを持ちながら勉強ができるオンライン上の「自習室」も週3で利用が可能。
「自動音声やタイマー機能がついていて、私は子供達の手元画像を見つつ、生徒から質問があればオンライン上の別室に移動して一対一で教えることもできます。みんなたくさん利用してくれています」と、授業がない日のフォローにも力を入れている。また、土曜は宮古島の丸岡さんの自宅の一室を、リアルな自習室として開放している。
「忙しい平日はオンラインで、ゆとりのある休日は自社の教室で一緒に勉強しましょうというのが、宮古島での謳い文句です」と丸岡さん。
そのほか、普段の勉強で分からないことがあれば、LINEで先生に質問することもできる。ある意味、通常の塾よりも先生と生徒の結びつきが深く、生徒のモチベーションを保つ仕組みが整っているのがStudyTreeの特長だ。
現在は宮古島、石垣島、沖縄本島をはじめ、愛知や東京にも生徒さんがいるのだそう。生徒数が増えているので教室の拡大を考えており、ゆくゆくは石垣島にも開室する構想だ。
既存システムを最大限に利用
IT時代の起業広告&ビジネスのカタチ
一昔前、オンラインで塾を開業するためには、ツールの開発や、集客のための広告費用の捻出などの大きな壁が立ちはだかった。しかし、現在はITの進化で高機能ツールが無料または安価で公開されており、ビジネスの可能性を広げてくれている。
StudyTreeのホームページも、ドラッグ&ドロップで直感的にサイトが作れる「ジンドゥー」で作成されており、こちらで基本的な情報を網羅し、さらにLINE公式アカウントに誘導をかけ、そちらではLステップを利用して、より詳細な情報をフォローしている。
Lステップはご存知の方も多いだろうが、多くの企業が自社製品の販売促進に利用しているLINEのビジネスツールだ。定型メッセージを予約配信したり、ホームページのように情報ボタンを表示できる、いわばLINE上のホームページのようなサービス。
筆者も使用感を試させてもらったが、対話しているかのように知りたいことが分かるため、同社のサービスに対して納得感と信頼度が高まった。一定期間丸岡さんの言葉でメッセージが来るので、ちらりと見たまま忘れてしまっていても、また興味を引き戻してくれる。
もちろん、そのままチャットで質問もできるので、PCよりスマートフォンでのやりとりに親和性の高い現代人には“刺さる”施策だ。
ちなみに問題集も、kindkleで購入したものを利用しているそう。利用できるデジタルツールを最大限に活用し、気負いなく事業を展開するメンタリティはデジタルネイティブの若者ならでは。
余談だが、Lステップの設定や広告のデザイン担当は、子供向けプログラミング教室を運営しているという宮古島出身の旦那様なのだそう。
「経理の面や、私が苦手な部分を担当してくれてすごく助かっています」とニコニコ話してくれた新婚の丸岡さん。次は起業に至る彼女の経歴をご紹介しよう。
移住をきっかけにオンライン塾始動!
チラシ配りからの手探りのスタート
丸岡さんが学習指導者になることを決心したのは、医療の道を目指していた大学在学中。家庭教師のアルバイトで、教えることの楽しさに目覚めたのだそう。
「私は器用な方ではなくて、居酒屋やコンビニのバイトは全く上手くいかなかったんですけど(笑)、なぜか塾講師は喜んでもらえたり、褒めてもらえることが多くて。子供達の成績が上がってどんどん笑顔になっていくのを見てるうちに、この仕事を続けていきたいと思うようになりました」と当時を振り返る丸岡さん。
進路を変更して地域の学習塾に就職、やはり教えることに才能があったのか、働き始めてすぐに三校舎あるうちの一校の教室長をまかされた。そこで「いつか自分で学習塾を」と夢を温めていたが、2021年、宮古島に移住していた母を尋ねて来島したところ、豊かな自然環境に感動して自身も移住を決意。おのずと勤めていた塾を退職することになり、次の仕事として自然な形で「自分の塾」をはじめる流れになった。
「コロナ禍だったし、その時は自分もいつまで宮古島にいるかは分からなかったので、オンラインという形にしてみようと思って」と、StudyTreeの前身となるLINEでのオンライン個別指導塾を手探りで立ち上げたのだという。それまで多くの生徒から「部活が忙しくて勉強と両立ができない」「毎日勉強するやる気が続かない」といった悩みを聞いており、彼らが継続して勉学に励める環境づくりをしたいという思いもあった。
当初は、母の紹介で入塾してくれた宮古島の生徒二人からのスタートだったという。
移住後は、島内の生徒をさらに集めようと、チラシを作って地道に配り歩いたそう。そんな中、島の塾を紹介され、人脈作りと経験を積むために、自身のオンライン塾経営と並行してこの塾の講師としても勤務。2年ほど勤めてStudyTreeの生徒が増えたところで、2023年4月に完全独立を果たした。
独立するまでは「かなり試行錯誤した」という、その内容をたずねてみると「当時はLINEのビデオ通話を使って、生徒に手元を映してもらいながら……みたいな感じで(笑)。価格設定も、当時塾の先輩から『安すぎだよ!』と言われつつ、たくさんの人に体験して欲しくて60分12,00円に設定したんですけど、経営が厳しくなっちゃって」と当時を思い出して爆笑する丸岡さん。
知識と仲間、補助金を獲得した
ISCOのスタートアップ・プログラム
では、転機はどこで訪れたのだろうか。丸岡さんに尋ねると、開業直前から半年間参加したISCO(沖縄ITイノベーション戦略センター)のスタートアップ伴走ブログラム「沖縄型オープンイノベーション創出促進事業 ITスタートアップ補助」の名を挙げてくれた。ビジネスの立ち上げに伴走してくれ、補助金も獲得できる公募のプログラムだ。
「見様見真似でビジネスをはじめてしまったので、自分と事業の可能性を高めたかったんですね。仮説を立てて、検証して、壁打ちして、コンセプトや打ち出し方を考え、経営の戦略的な部分を考えて……といった、ビジネスを進めていく上で知っておくべき基本部分を学べたというところでは、かなり転機になったと思います」
そして、研修で出会った仲間たちとの出会いも、大きな刺激と、今に繋がるご縁になったという。
「本島のLagoon Kozaでの研修に何度も通ったんですが、すごいアイデアも持っている方や、一生懸命やられている方から刺激を受けて自分も頑張ろうと思えたり、オンラインでの打ち出し方にアドバイスをもらったり」
前述したオンライン自習室のシステムも、ここでの出会いから生まれたのだそう。
「参加されていたエンジニアの方から『なにかオンライン塾でほしいサービスはないですか?』ときかれて、雑談しているうちに激安で作ってもらえることになって」
ちなみにエンジニアの方はこのシステムを発展させ、ChatGPTを活用したオンライン学習サービス「どこでも自習室(株式会社HANATABA)」をリリース。こちらもベンチャーキャピタルや投資家から資金調達を実施して、ビジネスを発展させている。win-winの関係だ。
「離島の子供達の可能性を広げたい」
そのために必要な自身の成長へ向けて
丸岡さんのお話を伺っていると、どこにそんな時間が?と不思議に思うほど精力的だ。ISCOのメンターから聞いた起業体験イベント「Startup Weekend(SW)」にも興味を持ち、地元山口に飛んで参加、沖縄に戻り、石垣島ではオーガナイザーを勤め、2024年1月には宮古島での初開催にこぎつけている。
Startup Weekendとは?
全世界で開催されているスタートアップ体験イベント。参加者はアイデアを基にチームを形成し、週末の3日間で起業を形にする方法論を学びつつ、日曜日の夜までに実用的なプロトタイプやデモを作成。実際の起業家や投資家を審査員にした最終プレゼンテーションに挑む(https://nposw.org/)
「宮古島にはこういうイベントがなかったので、子供たちのために絶対開催したかったんですね。嬉しかったのは参加してくれた中学生チームが特別賞を獲得したこと。自信がついたようで、他地域で開催されるSWへの参加も決めて、事業化をめざして頑張ってるみたいです」
子供たちが一歩踏み出すきっかけを作れたことが何より嬉しい、と語る丸岡さん。StudyTreeとしても、留学経験者にリアルを聞く会、ビジネスの思考を学ぶ会など、生徒の視野を広げるイベントを不定期で開催している。
「勉強を教えるだけではなく、いろんな体験の機会を離島の子供達に提供したいんです。StudyTreeで全国や海外にいる先生と話せることも『自分の知らない広い世界と繋がれる』と喜んでくれていますし」と嬉しそうに語る丸岡さんだが、ひとつ残念に思うのは、高校生が『ここは何もない』と島を卑下することだという。
「夫も、むかし同じように思って一度島を出た人なんですが、私が島内の秘密のスポットにあちこち連れて行くと『こんなに宮古って豊かだったんだね』って。島で生まれたのに初めて気づいたと」
「まだどんな形かは分からないですけど」と前置きしつつ、この島で生まれ育った人たちに、島の魅力に気づいてもらえる取り組みを、将来やっていきたいと考えているそう。
今現在、丸岡さんは山口県のSWで知り合った人をきっかけに、人事のミスマッチを解消する神奈川の組織開発会社にも籍を置いてるそうで「来月はあちらに飛びます」とにっこり。
「子供達に広い世界を見せたい、子供達の可能性を広げたいと思うなら、まず、自分を広げなきゃ!全然違う世界に挑戦しなきゃ!って思うんですね」と凛々しい笑顔で語ってくれた丸岡さん。彼女の存在が、離島の子供達の未来を大きく変えたことが証明される日は、そう遠くないだろう。
取材・文/楢林見奈子